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書評「『予定日はジミー・ペイジ』角田光代著」(新潮文庫)

 投稿者:狭山たけし  投稿日:2010年 9月16日(木)12時46分9秒
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  角田光代の小説は、‘05年の直木賞受賞作『対岸の彼女』以来かなり読んできたが、この本は中でもとても変っていて、文庫本の帯にいわく〝マタニティ小説〟なのである。妊婦による出産までの日記風に書かれた本書を読んでいると、これは小説ではなくて体験記のようなものなのではないかと思ってしまうが、実際にはこの時点で角田光代は出産を経験していたわけではなかった(その後のことは知らないが)ので、まったくのフィクションということなのだ。
タイトルに書かれている〝ジミーペイジ〟とは、一九七〇年代に活躍したイギリスのロックバンド〝レッド・ツェッペリン〟のギタリストのことで、ちなみに彼の誕生日は一月九日である。
子どもが出来たと分った主人公は、誕生日の本や命名の本などを買い込んできて、予定日のあたりの有名人の誕生日を見て、出来れば〝ジミーペイジ〟の日に出産したいと願う。駄目だったら次の次の日が〝村上春樹〟でまあ許せるかとも思う。
この本を読んでいて、何となく我が家の子ども達の出産の頃のことを思い出していた。もちろん私が妊婦であったわけではないので、当時のかみさんの気持ちや状況を類推してのことだが、そういえば落ち込んでいた時期があったし、何かばかり食べたいというようなことも言っていた。大きいお腹を抱えて、ぎりぎりまで仕事に通っていたりもした。
ちなみに本書では願いどおりの日には産めなかったが、それはどうでもいいことだった。
 
 

映画評「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」

 投稿者:狭山たけし  投稿日:2010年 8月 3日(火)17時05分17秒
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  久しぶりに原作を忠実に映像化した(らしい)面白い映画を観た。
原作は、スエーデンのスティーグ・ラーソンによる「ミレニアム」三部作の第一巻で、この三部作は全世界で二六〇〇万部を突破するという大ベストセラーとなっている。実はこの本を私はまだ読んでいない。早川書房刊のこの小説は、第一巻だけでハードカバー上下二冊の大冊で、本読みの私としたら出来れば文庫化されたものを読みたいと思っていた。そうしているうちに映画が公開されたので、先に映画から入ることにした。(DVDを借りて鑑賞。)
作者のラーソンは、三部作の刊行途中で、心筋梗塞で五〇歳で亡くなってしまったため、自身の大成功を見ることが出来なかった。事実婚の奥さんが遺産相続の権利を得られなかったというニュースも流れた。現在では、スエーデン観光でミレニアムツアーという作品の舞台を巡るツアーが人気になっているほど。
ストーリーを簡単に紹介すると、主人公はスエーデンのジャーナリストのミカエルで、ある大物実業家の悪行を特ダネで報じたところ、ニセ情報に基づくものであったことが発覚。ハメられた彼は裁判で有罪に。その彼に、ある財閥の当主から、失踪した(おそらく殺害された)一族の女性の事件の調査が依頼される。ここに登場するのが女性調査員のリスベット。彼女は財閥の当主からミカエルの身元調査を依頼され、彼がハメられたことを調べる。彼女は、過去に精神の問題と判断された事件を起こし、後見人の弁護士の監督のもとに生活している身。彼女は優秀なハッカーで、誰のパソコンの中にも入り込め、その彼女の調査は高く評価されている。ミカエルに関心を持った彼女は、彼が依頼された事件の情報を彼のパソコンに侵入し知り、彼に解決のヒントを与える。ここから彼女も事件の調査に合流、その先は‥‥本かDVDでどうぞ。
この作品の最大の魅力は、リスベットという名前の、普通でないような(特異な)女性調査員の存在にあると言ってよい。
まれなことだが、この映画を私は何度も何度も見直した。後に続く作品にも期待。
 

書評「『人悲します恋をして』鈴木真砂女著」(角川文庫クラシックス)

 投稿者:竹中俊一郎  投稿日:2010年 7月 1日(木)10時38分15秒
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  私は最近古本屋通いをしていて、それも神田とかではなく、いはゆる「BOOKOFF」や「古本市場」といったチェーン店をいろいろ回ってみています。こういうお店は、専門的な価値判断がされていないようなので、結構掘り出し物が見つかるのです。
そうした中で見つけたのがこの本。平成一〇年に文庫オリジナルで出版されましたが、おそらく現在は絶版になっているのではないでしょうか。
鈴木真砂女の波乱の人生(二度の結婚、不倫愛、銀座で小料理屋『卯波』開店ほか)についてはご存じの方も多いかと思いますので詳しくは書きませんが、彼女の俳句に彼女自身が付けた小文で構成されているこの一二〇ページほどの薄い文庫本は、まさに彼女の人生を俳句とともに垣間見ることのできる貴重な一冊に仕上っていました。
タイトルは、「羅(うすもの)や人悲します恋をして」という彼女の代表句からとったもの。この句には、「人妻が恋をして幸せであるべき筈はない。このため何人かを苦しませ悲しませた。そして自分自身も相手も。」という一文がついていました。
鈴木真砂女の俳句の師は久保田万太郎(「春燈」という俳誌を主宰、万太郎死後安住敦が後継者)で、彼女の店『卯波』には、万太郎をはじめ多くの俳人が出入りしたそうです。こんな句と文がありました。「水打つてそれより女将の貌となる(店の仕事中によくお客様に先生と呼ばれることがある。そのたびに五時過ぎたら女将ですと答える)」。こんな句と文もありました。「波郷の席今宵涼しく湘子の席(この席は今もって有名で、俳人は波郷の席はどこときき、その席の椅子に掛けた俳人は満足顔である。)」ここでいう波郷は石田波郷、湘子は藤田湘子のことで、湘子は「馬酔木」時代の波郷の弟弟子にあたります。
「わが店の酒は辛口夕時雨」。平成一五年三月一四日鈴木真砂女歿、九六歳でした。
 

書評「『虐殺器官』伊藤計劃著」(ハヤカワ文庫)

 投稿者:狭山たけし  投稿日:2010年 6月 9日(水)18時32分12秒
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  作者の伊藤計劃は、二〇〇九年三月三五歳の若さでこの世を去りました。癌だったそうです。遺した作品は、本書を入れて三作。いずれも「ナイーブな語り口で、未来の恐ろしい〝世界の仕組み〟を描く」(伊坂幸太郎評)、いわゆるSF小説でした。私はこの作者のことは何もしりませんでしたが、書店のこの本が積まれたあたりにただならぬ空気がただよっているように感じ、思わず買ってしまいました。現代の若者のことをひとくくりにこうだと言うことは出来ませんが、パソコンやゲームに慣れ親しんできた若い人たちに潜んでいる未来への閉塞感や絶望感のようなものを、この人の本から感じずにはいられませんでした。ゲームなどで、パッパッと敵を倒す(殺す)ようなことには馴染めないと思われている方には(わたしもそうだったのですが)お勧めいたしません。ちなみに、彼の三作を簡単に紹介すると、本書は近未来におけるテロとの戦いがテーマで、『メタルギア ソリッド―』は核兵器とメタルマシンをテーマにしたゲームを小説化したもの、そして『ハーモニー』は人類の最後に立ち会った2人の女性の物語というように、いずれも重いテーマばかりです。宮部みゆきをして「私には、3回生まれ変わってもこんなすごいものは書けない」と言わしめたのもうなずけるところです。近頃、ニーチェの本がベストセラーになるなど、心のよりどころが模索されているような気がしてなりません。  

詩集『適切な世界の適切ならざる私』

 投稿者:竹中俊一郎  投稿日:2010年 5月 5日(水)09時44分56秒
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  著者文月悠光(思潮社)

この詩集は、今年二月に中原中也賞を受賞し、当時新聞などで話題になったことは知っていました。何故話題になったかというと、この詩人〝文月悠光(ふづきゆみ)〟は、当時十八才の札幌の高校三年生の女の子だったからです(もう卒業したはずですが)。
高校生の女の子の詩なんて、どうせ甘ったるい言葉をならべているくらいだろうとたかをくくっていましたが、いやなかなかに地に足のついた彼女自身から発せられる言葉に衝撃を覚えました。
詩集のあとがきに彼女はこう書いています。「自分を取り巻く世界に〝流されるまま〟生きることは、たまらなく卑怯に思えた。」「〝詩〟とは、紙に整列する活字ではなく、日常の中で心や身体に起きる、生きた〝現象〟である。」
彼女の詩のことばを少しだけ紹介してみる。

  さぁ、この喉は声を発す。
  だが、血も吹く!
               (「横断歩道」から)
  バケツの縁から、花はいま
  おだやかな
  死に顔を咲かす。
       (「適切な世界の適切ならざる私」から)
  されば、私は学校帰りに
  月までとばなくてはならない
            (「〝幼い〟という病」から)
  あの頃の
  小さなつま先を失った私は
  人影を踏んではならない。
  けれども、ときには
  つぶしていた靴のかかとを
  こっそりと立ち上がらせてみる。
            (「うしなったつま先」から)
 

書評「『幕末維新の暗号』加藤将一著」(祥伝社)

 投稿者:吉田 秀一  投稿日:2010年 5月 5日(水)09時35分13秒
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  この本は一枚の古い写真をめぐって書かれた本であり、明治革命の奇怪な事件で読んでいて引き込まれた。この写真はフルベッキ集合写真と呼ばれ、明治維新に関与した46名が写っている。そして余白には全員の名前が、几帳面な字で丹念に記されている。即ち、坂本竜馬、西郷隆盛、大久保利通、高杉新作、岩倉具視、桂小五郎、勝海舟、小松帯刀、森有礼、伊藤博文、井上馨、江藤新平などなどの名前が写真に対応して、記載されているのである。
写真の真ん中にいる外国人フルベッキは、東大の前身の南校の教頭をしていた人物で、アーネスト・サトーや長崎のグラバーと共に明治革命に影響を及ぼした3大外国人の1人である。サトーは英国諜報部員だった。フルベッキはフリーメーソンと深く結びついていた。フリーメーソンは石工集団でアメリカ独立戦争、フランス革命に関与していた。フランス革命の自由・平等・博愛はフリーメーソンの主柱でもある。ジョージ・ワシントンもメンバーになっていた。私のアメリカ駐在時に南部の平凡な田舎町マーフリースボロに住んでいたが、郊外にメーソン・ロッジがあり、窓がほとんどないその異様な外観は、人を威圧するものだった。
この本の中には、明治革命にまつわる奇怪なエピソードが、盛りだくさんに語られていて興味津津である。
例えば、革命の渦中にあって、天皇の替え玉が作られたことも、その1つである。又、岩倉欧米視察団はフルベッキが計画して提案し、訪問相手国との間を取り持っている。新しい日本の形成に、使節団の欧米での体験学習は、大きな影響を与えた。フルベッキは、そのように高い見地から日本の革命を指導し操っていたのである。
この本を読んでふと不思議に思ったことがある。それは慶応元年(1865 年)2日に、上野彦馬という当代最高の写真師によって撮影された、その写真の解像力の素晴らしさである。この本がもし英語版で出版されたら、「ダヴィンチ・コード」以上の関心を惹いただろう。
 

書評「『娘に乾杯』熊木正則著」(審美社)

 投稿者:竹中俊一郎  投稿日:2010年 2月 1日(月)15時07分16秒
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  「広場」誌巻頭エッセイでおなじみの熊木正則さんの新著は、一人娘の成長を描きながら家族および熊木さん自身の歩みを描いたもので、この本の特異なところはかなりのページをさいて子供自身の文章をのせているというところです。
学級日誌や文集、作文など、これほど多くの子供の文章をよくも残せておけたものだとまずは感心。それらの文章を時系列的に並べ、そこに家族の歴史を重ね合わせることで浮かび上がってくる、地に足のついた家族の姿が大変好もしい。
本書は、一人娘伊万里さんの大学卒業までを描いていますが、その後、伊万里さんはフランスへ語学留学。熊木さん自身もやりはじめられた障害者美術展の活動が発展して海外にまで拡がり、ついにはフランスでの合同開催にまで到るということは、本誌巻頭エッセイをお読みの皆さんはご存じの通りです。そこにも娘さんとの絆のようなものが見えてきます。
熊木さんご自身も、大学を卒業してから福祉の分野の仕事に就かれるまでの間にいろいろ模索されていたように記憶していますが、娘さんにも〝あわてることはないよ、じっくり模索しなさい〟と、温かい目で見守っている、今時珍しい父親像が見えてきました。
 

書評「『親鸞 上下』五木寛之著」(講談社)

 投稿者:狭山たけし  投稿日:2010年 2月 1日(月)15時04分28秒
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  親鸞の時代というのは、平家から源氏へと移る動乱の時代で、末世とも言われ、新しい宗教が次々に生まれた時代でした。先日、著者がテレビでこの本を語っていたなかで、現代も鬱などによる自殺者が増え続けており、末世といってもおかしくないと言っていたのが印象に残っています。
本書は上下巻の大冊ですが、親鸞の幼少期から比叡山に入り、比叡山から出て法然のもとに弟子入りし、その後の弾圧によって越後の国へ流されるところまでが描かれています(ちなみに法然は土佐へ流罪に)。したがって、親鸞の宗教が確立されるメインのところは引き続き書き続けられるのだろうと思いますが、作者は読者が望むなら、というようなことを言っています。まあ、書かれるでしょうが、そんな先まで待っていられないので、昔読んだ親鸞関係の本がないかと書棚を探ってみたら、読んだ記憶は全くないくらいでしたが、真継伸彦や梅原猛などの本が続々に出てきました。とりあえず、読み易そうな吉川英治版「親鸞」でお茶をにごすことにします。
 

書評「『うらなり』小林信彦著」(文春文庫)

 投稿者:狭山たけし  投稿日:2010年 1月 9日(土)10時51分13秒
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  NHKテレビで放映中の司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、秋山兄弟と正岡子規が主人公ですが、昨年暮れに見た回で、松山の学校の英語教師として赴任している夏目漱石の下宿に結核を病んだ正岡子規が同居。そのあと道後温泉に浸かった漱石が、こういう教師の仕事は自分には合わないと愚痴る場面がありました。
『坊ちゃん』の執筆は、それから十年後、子規の後継者の高浜虚子が発行人であった「ホトトギス」に発表されることになります。
『坊ちゃん』ほど日本人に読まれた小説はないと思いますので、改めて解説する必要はないでしょうが、小説の終りがどうだったか覚えていますか。
学校を辞めた坊ちゃんと山嵐が、芸者遊びをしていた赤シャツと野だいこの帰路を襲って天誅をくわえる(殴る)わけですが、『坊ちゃん』を読み返してみると、その後二人は東京に戻り、「山嵐とはすぐ分かれたぎりきょうまで会う機会がない。」坊ちゃんは、「その後ある人の周旋で街鉄(注・のちの市電)の技手になった。」とある。
小林信彦の『うらなり』は、彼らのその後の人生がどうなったかについて、もう一人の登場人物であったうらなり(『坊ちゃん』では影が薄い存在であった)を主人公にして書いてみたという大変興味深い小説です。
小林信彦の苦心は、ちゃんと『坊ちゃん』の登場人物のそれぞれの性格・人柄のようなものを踏襲しようとしたことです。ここに登場するのは、うらなりと山嵐とマドンナだけで、肝心の坊ちゃんについてはその後の消息が分らない、「関東大震災を生きのびたかどうか」と山嵐に言わせているだけです。
気の弱いうらなり(古賀)は、ていよく学校を追い出され九州に転任、最後は姫路の学校と教育畑一筋をそれなりに歩む。山嵐(堀田)は、書いた受験参考書がヒットし、評論家的な仕事で忙しい。マドンナ(遠山多恵子)は、結局赤シャツと結婚したわけではなく、大阪の大きな木綿問屋に嫁いだが、夫が遊び人でずいぶん苦労いている。うらなりがラジオに出演する機会があり、それを聞いたらしいマドンナが接触をはかってくる。生活の苦労を相談したいらしい。会うことになって、少し気持ちが高ぶるうらなりだが、会ったマドンナは、「背を丸め気味の、公設市場で買物をするおかみさん風の女」になっていて、うらなりの「幻想は消えた」。『坊ちゃん』のときからこういう風に展開することもありうるなあと思わせる仕立てに出来たのは、研究熱心な小林信彦の本領発揮と言ってよいのではないでしょうか。
 

書評「『鴨川ホルモー』万城目学著」(角川文庫)

 投稿者:狭山たけし  投稿日:2009年12月 2日(水)12時13分29秒
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  近頃TVのクイズ番組などで東大、京大の出身者が競っているのを目にすることが多くなったが、そこに登場する京大出身の芸人には何か独特の雰囲気を感じませんか。
実は、最近少しはまっている京大出身の二人の若い小説家がいて、一人は本書の万城目学(他に、TVドラマ化された「鹿男あをによし」など)で、もう一人は森見登美彦(「夜は短し歩けよ乙女」「新釈 走れメロス」など)です。二人に共通するのは、その作品のなかに京大生の学生生活を描いた作品が多いことで、汚そうなアパートに暮し、ろくに授業も受けず、怪しげな人々と交遊関係を持つといった学生の姿を見ていると、何か京都という場所の持つ独特な空気、歴史的・文化的背景のようなものを感じるから不思議です。
一読、何だこれは、というような作品ばかりなので良識的な皆さんにはお勧めできません。
本書のタイトルを見て、鴨川にあるホルモン焼きの店か何かかと思ったら大間違い、京大・立命館大・龍谷大・京産大に長い歴史を持つ謎のクラブ(会)があって、鬼や式神(安部晴明の陰陽師に出てくる)を駆使して対抗戦を行なう、という話なのです(説明になっていないかも)。この奇想天外な小説が何と近頃映画化されたので、早速DVDを借りて見てみました。京都の独特の空気を感じられたら成功かもしれません。
 

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